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親愛なる小林啓様。

さくら学院とBABYMETALの制作スタッフの謎を紐解く

マニピュレーター宇佐美秀文氏はBABYBONEの化身なのか?(その1)

今回は、マニピュレーターとしてBABYMETALの最初期からライブサポートを担当されている宇佐美秀文氏を取り上げます。

まずは、ご自身によるプロフィールを引用します。宇佐美氏は、ブログ、Twitter等での活動記録をとてもマメにやられている方なので、活動の履歴を追うのは比較的容易です。

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1974年4月14日生まれ。幼少期より楽曲制作に興味を持ち、中学時代にシンセサイザーに没頭、この頃より映画音楽やジャズフュージョンに強い影響を受け、 作編曲家を目指す。

その後専門学校で音楽理論を修得、卒業後に田辺恵二氏に師事。それまでのフュージョン路線からJ-POP、R&Bへと作風をシフトする。

2000年よりThe Gospellersの作曲プリプロダクションマニピュレーターとして活動、ツアーサポートメンバーとしても行動を共にするようになる

以降、楽曲提供・編曲において活動の幅を広げている。

2015年より自身のバンド「U.S.B.」の活動を開始、マニピュレーションの他Vocoder&Talkboxも努める。

about me - usamix's note

もう少し細かい経緯がブログで述べられています。

当時のバンマスだったお師匠のアシスタントとしてツアーに参加したのが1998年の「衣食住」ツアー。その後2000年の、その名もずばり「2000」ツアーからマニピュレーターとしてバンド入り制作サポートはその年の春からでした。

usamix's note "baby talk" Rev.E: 2月 2015

 

 

ゴスペラーズ・サポート以前の活動

ストレートに進学・卒業していたとすると、1993年(18歳)高校卒業、1995年(20歳)専門学校卒業となるのでしょうか?そして今年(2017年)で43歳になります。

専門学校卒業後の1995年から1998年の期間は「中学時代にシンセサイザーに没頭、この頃より映画音楽やジャズフュージョンに強い影響を受け、 作編曲家を目指す」とあることから、作編曲家への道を模索したものと思われます。各所へ3曲の楽曲提供をしているのですが、どのような楽曲、活動内容であったかは不明です。

1996
美保関隕石博物館「宇宙ってなんだろう?」(サウンドトラック)
1997
・劇団・浮々雲々団「Jesio's Bar」(テーマ曲)
秋田県玉川ダム資料館「水と緑の物語」(サウンドトラック)

 works - usamix's note

そして、1998年からゴスペラーズのライブのアシスタントを行うようになりますが、どのような経緯でこの仕事を始めたかは不明です。ここで「お師匠」とはプロフィールにもある通り田辺恵二氏のことです。

宇佐美氏のブログ2002年から現在までかなりの量の記述があり、全て読み込めば何かこの時期の活動経緯を知るヒントがあるかもしれません。

ゴスペラーズはわざわざ説明するまでもないでしょうが、基本情報だけ。

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ゴスペラーズ北山陽一村上てつや、黒沢 薫、酒井雄二、安岡 優

1991年、早稲田大学のアカペラ・サークル<Street Corner Symphony>で結成。1994年8月15日、ファイルレコードよりミニアルバム『Down To Street』をリリース。メンバーチェンジを経て、1994年12月21日、キューンレコードよりシングル「Promise」でメジャーデビュー。

ゴスペラーズ オフィシャルサイト Gostudio

 

 

ゴスペラーズ楽曲制作サポートを開始する

2000年春からは、ゴスペラーズ楽曲制作いわゆる「プリプロ」のサポートを開始します。具体的作業の内容を、宇佐美氏は自身のブログでこう説明しています。

僕の場合、ゴスペラーズのメンバーの曲作り…制作サポートとして入るときは必要機材を持ち込み、メンバーの頭の中にあるものを具体化するために音色を用意してトラックを作っていったりしています。

こんな音色のこんなドラムパターンで、こういうコード進行でこんなピアノで…など、ディスカッションしながらベーシックアレンジを作り、そこに歌を録ってラフミックスをするというエンジニア要素も含む何でも屋さんでもあります。

usamix's note "baby talk" Rev.E: マニピュレーターお仕事のエトセトラ

2000年春頃からプリプロが行われていた可能性があるゴスペラーズの楽曲(シングル・アルバム楽曲)は、こんなところでしょうか?

また最初のプリプロサポートは、ゴスペラーズ村上氏が作曲を担当した楽曲の様ですので、アルバム「Soul Serenade」に収録されている 「パスワード」ゴスペラーズ村上氏が作曲を担当)という曲を聴いてみましょう。

制作サポートは、デモ音源を作成するまでの作業を指すので、リリースされた音源とはまったく別物の可能性があるのですが、この楽曲に宇佐美氏の活動初期の痕跡が残っているかもしれません。

www.dailymotion.com

ゴスペラーズ自体は、1950年代ドゥーワップ以降の様々な米黒人コーラス/アカペラグループの影響を受けているグループですが、2000年当時は、打ち込みのサウンド自体も機材の進化と共に、急速な進化を遂げている時期。ゴスペラーズは本場の米R&Bに負けない楽曲クオリティを目指して、サウンド作りを追求していた時期になります。

様々な最新機材の操作に習熟し、鍵盤楽器演奏、作編曲の素養もあった宇佐美氏のスキルは重宝されたに違いありません。しかし安易なものではなかったようです。このころの宇佐美氏の述懐です。

実は、当時僕はいくつもシンセやドラムマシンを持っているわりには扱いにそこまで詳しい訳ではなかったので、こんな感じの音が欲しいと言われてその場で手持ちにない音色を作るのに苦労したことを覚えています。

(中略)こんなニュアンスでエレピ弾いてと言われて「村上さんが思うニュアンス」は何なのかを探りながら弾けない鍵盤と格闘してみたりと、いま思い返しても随分と僕待ちの時間が多く申し訳なかったなぁと…。

トラックがある程度出来てからは今度は仮歌を録ったりアレンジを更にブラッシュアップしたりと、とにかく盛り沢山な一日でした。お昼から始まって終わったのが翌朝だったな〜。

自分の経験のなさが大爆発していた初サポートだったと思うのですが、その時の僕のトラック作りや絞り出したなけなしのアイデアを気に入って頂けたことがゴスペラーズの作曲合宿への参加のきっかけとなったようです。

それ以降、メンバーの作曲サポートをさせてもらっているうちにコーラスアレンジの仕方、なによりメロディーや歌詞に対するシンガーの気持ちの乗せ方などが分かるようになり、その後の自分の作編曲業への礎になっています。

usamix's note "baby talk" Rev.E: きっかけは

 

 

ゴスペラーズの大ブレーク、そして怒涛のツアーへ

そして、宇佐美氏がプリプロのサポートを始めた直後の2001年春に、ゴスペラーズは大ヒットを生み出します。

www.youtube.com

2001年「ひとり」がアカペラでは初の国内オリコントップ3に入る大ヒットとなり、のちに起こるアカペラブームの火付け役となった。同年、バラード・ベストアルバム『Love Notes』が43週間のロングヒットとなり、オリコン1位、初のミリオンセラーを記録する。同作品で第16回日本ゴールドディスク大賞、第43回日本レコード大賞のベストアルバム賞などを獲得した。(Wikipedia/ゴスペラーズ項より引用)

9月には、日本武道館での初ライブを成功させて、ゴスペラーズの名前は一気に全国区へと登りつめていきます。

日本武道館でのライブを成功させた後、普通なら、各地の主要都市で、大きい会場を中心にライブツアーを行うんですが、彼らは、少し、違っていました。彼らは、"俺達の事を知ってもらった今こそ、全国津々浦々、ライブができるところなら、どんな小さな街でも、そこへ行って、俺達の歌を聴いてもらおう"と言ったんです。学生時代から、お客さんの反応が直接分かるライブを積み重ねて、自分達の歌の力を磨いてきた彼らにとって、ライブは欠かせないものであり、そのライブで、ひとりでも多くの人に自分たちの歌を届けに行きたいと思ったんです。」

http://hfm.jp/blog/shokutaku/2010/10/post_191.html

こうして、ゴスペラーズは怒涛のライブツアーを開始し、宇佐美氏も現在の仕事に繋がるライブマニピュレーターの仕事を始めることになります。

宇佐美氏の公式サイトでは「ゴスペラーズ坂ツアー2002“GT”」からLiveマニピュレーター参加とあります。
works - usamix's note

しかし、自身のブログでは「ゴスペラーズ坂ツアー2000」から参加となっていますので、ゴスペラーズ公式サイトからこの時期からのツアーを拾ってみます。

するとなんと約1年半で100公演もの公演数をこなしていたことがわかります。(アカペラLiveはマニピュレーターとしての参加はなさそうですが)

ゴスペラーズ坂ツアー2000 2000年10月〜2ヶ月 全国21箇所24公演

アカペラ街 2001年03月〜2ヶ月 14公演(アカペラLive)

全国ツアー凱旋門 2001年08月 全国8箇所11公演

武道館ワンマン 2001年09月 1公演

ゴスペラーズ坂ツアー2002“GT” 2002年03月〜3ヶ月半 50公演

ゴスペラーズ公式サイト|GosTV

この後も宇佐美氏は、ライブマニピュレーターとしてのスキルと経験を積んでいくことになります。そしてそれは2012年以降のBABYMETALのライブサポート及び、現在もゴスペラーズライブサポートとして続いています。

 

 

(この項続く)

マニピュレーター宇佐美秀文氏はBABYBONEの化身なのか?(その2) - 親愛なる小林啓様。