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親愛なる小林啓様。

さくら学院とBABYMETALの制作スタッフの謎を紐解く

ヒゲドライバー氏の苦悩の歴史がBABYMETALに導いたものとは?(その3)

ヒゲドライバー氏の苦悩の歴史がBABYMETALに導いたものとは?(その1) - 親愛なる小林啓様。
ヒゲドライバー氏の苦悩の歴史がBABYMETALに導いたものとは?(その2) - 親愛なる小林啓様。

(からの続き)

 

東京での活動を活発化させる

LOiDレーベル消滅後の村田氏と「一緒にやる」と決意したヒゲ氏でしたが、その後も一筋縄ではいかなかったようです。

この頃の2人の動きについては、2人の対談で(生々しいくらい)詳しく心境と共に述べられています。少々長いですが、引用します。

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村田 でも、まずは1年修行させてほしいってみんなに伝えました。自分一人の力で収益あげて自分を食わせられたら会社やるって約束もした。
ただ、ヒゲさんが仕事なくなると困るから、定期的に露出するためにMOtOLOiDっていう企画を立ち上げたんですけど、その1発目のすぐ後、震災が起きた。そこから2ヶ月くらいはなにもやる気が起きなくて・・・

 

ヒゲドライバー 僕は僕で、『3UP』(LOiDレーベルで発表し、その直後廃盤になっている:筆者注)のお金で何とか食いつないでたんだけど、もう生活が立ちいかずに現実的に死ぬかもしれないところまでいく。で、山口に戻ろうとしたんです

 

村田 米とかも差し入れにいったりしながら、山口に帰るって言うヒゲさんをなんとか引き止めて、『HIGEDIUS』と『ヒゲドライバー・トリビュート』っていう自主制作アルバムを2枚同時にリリースしたんですね

 

ヒゲドライバー でもそれも、思ったほど売れず、また生活がヤバいってなり始めた頃に、平野綾さんのアルバム参加の話をもらったんです

 

村田 チップチューンを捨てるか捨てないかっていう話もした。自分名義のリリースだけじゃなくて、作家活動でも、とにかく何をやるにもヒゲさんはチップチューンにこだわりすぎてた。と言うか、チップチューンから知ってもらったファンが離れていくことを病的に恐れてたよね

 

ヒゲドライバー お金も自信もなくなった僕にとって、キレイごとじゃなくて、信じられるのはファンだけだったから。だから、ファンは裏切れなかった。だけど、このままじゃ音楽も続けられないし、そんな結末はファンも望んでないというのもわかってたから、めちゃくちゃ悩んでました

 

村田 俺は、今いる20人を取るのか、まだ見ぬ100人を取るのかハッキリしろって言ったんです

 

ヒゲドライバー それで、チップチューン固執することをやめて、自分の領域を広げる方を選びました

http://kai-you.net/article/25321/page/3

楽曲(CD・配信)の売上だけでは立ち行かないのでライブ・物販で稼ぐということは、現在の日本の音楽業界では常識となっています。

特にインディーズアーティストにとっては早い段階から、活動の重点をライブへシフトしていますが、ヒゲ氏も村田氏の後押しでライブ・DJイベント活動に力を入れだすことになります。それがMOtOLOiDです。

 

MOtOLOiDというのはいわゆるDJ&ライブイベントで、2011年2月に第1回目が開催され、2015年まで続いたようです。当初はLOiDレーベルに所属していたアーティスト中心だったようですが、後期はTokyo Logic所属アーティスト中心のイベントになっていったようです。

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2011年2月より始まったイベントであり、たまり場。

母体は2008年より活動を開始し、2011年1月に活動を終了した、LOiDレーベル。2度目の開催からは現在渋谷PARCOにある2.5D(当時は池尻大橋)をホームとして活動。

1年半の活動の中で、Ustream同時視聴者数ランキング第一位も獲得した。

BIOGRAPHY | MOtOLOiD Official Site

2.5DとはUstream中継で頻繁に使われるようになったライブ・イベントスペース/ソーシャルテレビ局です。

局の開局に合わせて、定期的に出演してくれるアーティストを探していた2.5D側からヒゲ氏(村田氏)に声をかけて出演が実現したようです。(2.5Dの社長が古くからヒゲ氏に注目していたとのこと)

イベントはUstream中継も行われており、2.5D開局日の2011年5月6日に行われたDJイベントにおけるヒゲ氏のパフォーマンス映像が残っていました。曲目は以下の3曲で、何れもヒゲ氏の代表曲です。

1.ハロー・ハロー
2.キュート・ポップ
3.マイティ・ボンジャック(Hey! Speed Remix)

www.youtube.com

2011年2月から2012年3月までのDJ&ライブイベント出演を、公式HP等からまとめてみました。2010年までが数えるほどであったのと比べると、格段に出演回数が上がっています。

2011年
02月26日 MOtOLOiD 第1回 @新宿8bit cafe
03月20日 U・topia vol.2 @Shibuya DESEO
04月16日 出張ヒゲチャンライブ vol.1 USTライブ
05月06日 whitism リリース記念 2.5D SHOW vol.1 @2.5D
05月27日 elemog 18 @MOGRA
06月03日 MOtOLOiD 第2回 @2.5D
08月23日 KAI-YOU presents 世界と遊ぶ!展 @pixiv Zingaro
08月27日 MOtOLOiD@2.5D vol.2 @2.5D
11月26日 八王子P『Sweet Devil』リリース記念パーティー @2.5D
12月03日 MOtOLOiD外伝~ヒゲドライバーを持ち上げる会〜 @2.5D
12月31日 カウントダウンイベント「CDSM」@club citta’

2012年
01月28日 KAI-YOU presents 新忘年会ナイト @2.5D
02月11日 八王子Pメジャーアルバムリリースパーティー @ニコファーレ
03月04日 MOtOLOiD外伝~ペンタブ融合道 試の巻~ @2.5D
03月11日 ぷらちな Drawing with Wacom Live! 01 @ワンフェスカフェ
03月22日 2.5D presents「OUTERNET」@渋谷WOMB
03月28日 高校生企画イベント「トラベリング!!!」@Style(愛知県一宮市

上に引用したインタビューでは時系列が分かり辛いのですが、『HIGEDIUS』『ヒゲドライバー・トリビュート』という配信アルバムは、2011年12月31日に同時リリースされたものです。

そこから解釈すると2011年後半から2012年初旬までは、まだまだヒゲ氏の生活が成り立つほどの商業成績を収めることはできていなかったようです。

 

 

Tokyo Logicの設立

ここまで、東京進出後のヒゲ氏の活動を追ってきましたが、一旦2009年に時間を巻き戻します。

まだLOiDレーベルに在籍していた村田氏は、知人からの紹介でゆよゆっぺ氏と出会うことになります。またその後、2010年9月に上京したてのヒゲ氏とも顔を会わせています。

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2009年頃に、エイベックス出資の会社でレーベルをやっていた僕が、知り合いのボカロPからゆよゆっぺを勧められて、本人に会いたいと連絡したんです。(村田氏)

まだEDMがチャラいとか言ってんの? ゆよゆっぺ/DJ’TEKINA//SOMETHINGインタビュー - KAI-YOU.net

ヒゲさんに最初に会ったのは、ヒゲさんが上京してきた日に突然新居に当時お世話になり始めた村田さんと一緒にお邪魔するという、、今考えたら若干失礼なタイミングでしたね、、(ゆよゆっぺ氏)

ヒゲドライバー 10th Anniversary Best | NOW ON SALE!!

ゆよゆっぺ氏については、BABYMETALのファンの方でしたら、よくご存知かと思いますが、そのプロフィールなどについては、改めて別項(ゆよゆっぺ氏主体の項)で書き記していきたいと思います。

ゆよゆっぺ氏が、村田氏の「お世話になり始めた」経緯など、とても興味深いので掘り下げたいところですが、これも別項に譲りたいと思います。 

 

そして、2012年4月、村田氏はいよいよマネージメント会社を設立し「Tokyo Logic」と命名します。LOiDレーベル消滅から1年3ヶ月後のことでした。設立時の所属アーティストは村田氏自身、ヒゲ氏、ゆよゆっぺ氏の3人でした。

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TOKYO LOGICは、現在各所で活躍中のクリエイターを多数輩出したLOiDレーベルが元となり 2012年4月に設立された、クリエイター総合マネジメント事務所です。東京から世界へ。ワールドワイドに活動しています。

tokyologic | ABOUT

公式サイトトップ画像の「WE ARE」???・・・これはさては「We are X」リスペクト??? 

Tokyo Logicの設立時期と前後して、ヒゲ氏はようやくメジャー・アーティストの楽曲制作の仕事を獲得することになります。

2012年5月発表された平野綾「FRAGMENTS」は、ユニーバーサル(Japan)配下のユニバーサル・シグマレーベルへの移籍第一弾で、「8人の気鋭のクリエイター」が楽曲提供した企画色の強いアルバムでした。この中の1人としてヒゲ氏が参加しました。

これも2.5Dからの紹介で実現した企画のようです。

www.youtube.com

この楽曲で注目したいポイントは、ヒゲ氏のメロディーラインの特色は変わらず、「チップチューン」色が抑えられているところでしょうか。

上記に引用したインタビューの「チップチューン固執することをやめて、自分の領域を広げる方を選びました」という発言を裏付けるものになっていると思います。

そしてこの頃から「チップチューン」として活動する際には、ヒゲドライバー (chip-style)」と名乗るようになります。

このアーティスト名を楽曲スタイルによって変えるという方策は、どうやらゆよゆっぺ氏のライブイベントでボカロ系ファンとラウド系ファンのいざこざが起こったために、イベントの案内にどのスタイルでやるかを記載して、集客ファン層をある程度コントロールした・・・という事例を参考にしたものと思われます。

 

この仕事によって、業界内での知名度も上がった結果なのでしょう。この後TVアニメなどへの楽曲提供の仕事が除々に増えていくことになります。こうして、徐々にヒゲ氏及びTokyo Logicの活動は軌道に乗り始めます。

ヒゲ氏自身による述懐です。

そして、5年前・・・諦める前に一度勝負してみようと、東京に出てきて。
何度も諦めポイントにぶつかりながらも、がむしゃらにいろいろやりながら。アイドル、アニメ、ゲームなど、ちょっとずつ使ってもらえるようになって・・・。

http://blog.livedoor.jp/sudakoumauma/archives/1985341.html

また同じ頃、Tokyo Logicに所属するもう一人のアーティスト、ゆよゆっぺ氏に大きなチャンスが訪れることになります。

 

 

ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト

会社設立から少し経過した2012年7月5日に、ゆよゆっぺ氏はニコ動にこんな動画をUPします。(現在動画自体は削除済)

www.nicovideo.jp

どうもゆよゆっぺです。先日、うたた寝をしてたらキツネさんからのお告げがたあったのでアレンジを担当しました

BABYMETAL、初の単独CDとなるインディーズシングル『ヘドバンギャー!!』が2012年7月4日にリリースされました!!

そしてカップリング曲「ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト」のリリックビデオが出来ました!!

メタルコアダブステップの要素が入ったサウンドに、ポップなメロディーとデスボイスの合いの手がMIXされたBABYMETAL流のパーティーチューンDEATH!!

 

2012年7月4日『ヘドバンギャー!!』シングルリリース翌日の出来事でした。

www.youtube.com

どうやらこの「キツネさん」というのは、コバさん(BABYMETALプロデューサー:KOBAMETAL)のことではなく、村田社長のことだったようです。

村田社長のブログで最近明かされたエピソードです。

朝5時位に渋谷の街に出てきて歩いてた時。ゲーセンの上のビジョンからアイドルの声が聞こえてきた。(中略)

え!メタルのアイドルなんて出て来たの?!(中略)衝撃を受けて、さらに衝撃だったのが、なにこの曲、ラップもあるし、ブレイクダウンのパートあるんだけど!

と、いう感じで一聴して即、ゆよゆっぺに電話。


「ゆっぺくん?寝てた?朝早くにごめんね?」
「起きてましたよ、どうしたんすか急に」
「ベイビーメタル?って知ってる?」
「あー知ってます。なんか先輩がそこの人と繋がってたような…?」
「これさ、多分凄く面白く俺ら音楽できると思うから営業して来ていい?」
「全然いいっすよ。」

 

ヒゲドライVAN 公式ブログ - 連載 ヒゲドライバー VS ゆよゆっぺ4 - Powered by LINE

これはまさしく「いいね!」のMVのことですね。

www.youtube.com

「なんか先輩がそこの人と繋がってたような…?」との、ゆよゆっぺ氏の発言も気になるところですが、これも別項に譲りたいと思います。

 

「いいね!」のMVが公開されたのは、2012年2月24日。この直後の出来事であると思われます。(2012年2月下旬〜3月上旬か?)村田社長は、その週にすぐアミューズに連絡し、単独乗り込んでコバさんに営業をかけます。

「これ、凄く面白いんで何でもいいからやらしてください!今日本ではメタルは完全に日陰者です。メタル界のメシアになるべき存在です、このアーティストは!」とか何とか言って一通りメタル愛を語って(高校の時メタルバンドコピーやってた。)
(中略)
KOBAさんからの「とりあえず編曲やってみます?」から、ゆよゆっぺの音楽人生がちょっといい方向に進み出すのです

ヒゲドライVAN 公式ブログ - 連載 ヒゲドライバー VS ゆよゆっぺ4 - Powered by LINE

やっぱり「We are X」でしたね。メタルコピーバンドってX-Japanだよね。

この出来事をきっかけに、ゆよゆっぺ氏はBABYMETALにとって重要な楽曲制作スタッフの1人となっていきます。

 

BABYMETALのシングル「ヘドバンギャー!!」に纏わる出来事は、フラコメタルさんのこのエントリーに詳しいです。ぜひご併読を。


さて、ここまでヒゲ氏の活動を追ってきましたが、この項のタイトルを「ヒゲドライバー氏の苦悩の歴史がBABYMETALに導いたものとは?」としました。

「導いた者」=「ゆよゆっぺ氏」ということなんですが、ヒゲ氏が直接引き合わせたわけではなかったですね。タイトル詐欺・・・すみません。直接ではなく間接的にということですね。

しかし、ゆよゆっぺ氏はヒゲ氏について、このような思いを述べています。ヒゲ氏がゆよゆっぺ氏の活動に与えた影響は小さくはなさそうです。

茨城から東京に出てきて、これからどうしようっていう
漠然な不安でできちゃった傷を、すごくやさしく包んでくれたんです。
今でもたまに、辛くなった時は「東京ソーダ」を聴きます。

ヒゲドライバー 10th Anniversary Best | NOW ON SALE!!

どうもゆよゆっぺです。
今回はヒゲドライバーさんの「東京ソーダ」をカバーさせていただきました

www.nicovideo.jp

 

 

 

 

(この項続く)
ヒゲ氏については、まだこの後の動きもありますので、また改めて続きを書きたいと思います。(ゆよゆっぺ氏について書いてからかな?)

 

 

この項を書いている間に、「スピカの夜」のミニアルバム、詳しい情報が公開されてきました。2017/2/22発売。楽しみです。

www.youtube.com

そして2/21フラゲ日。

初お目見えは、タイトル曲"Tokyo days ,Tokyo Nights"と"マイティ・ボンジャック"ですが、クロスフェードではピンと来ていなかったタイトル曲があまりにも染みて・・・歌詞を書き取っちゃいました。一部掲載します。

著作権管理上まずいようだったら削除します。)

「Tokyo days ,Tokyo Nights」lyric by ヒゲドライバー

 

正直なとこ、自分が嫌いでさ
モノクロの空 風が肌寒くって

 

浮かびだすのは、柔らかなオレンジ
ぼんやりした道を、ずっと歩いていた
だけどそんな毎日にふと、思ったんだ

 

Tokyo days ,Tokyo Nights
この何気ない時間が
思い出にかわるように
そんなことずっと思っていた

 

また遠回り、どこへ向かうんだっけ?
あれこれ考えてたら、少し迷っちゃって
だけど何で、こんな夜でも、愛しくてさ

 

Tokyo days ,Tokyo Nights
一緒に過ごした時間が大切になりますように
今は笑って過ごしていよう

二人の心情に合うように書かれたと思われる歌詞ですが、ヒゲ氏の心情でもあるのかな?と勝手に想像したり。そして、二人の気持ち良いユニゾンの響きが十分に生かされた曲になっています。(これアルバム全体に言えます)