読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

親愛なる小林啓様。

さくら学院とBABYMETALの制作スタッフの謎を紐解く

BABYMETALのFunnyな側面を支える影の立役者のりぞー氏(その1)

このブログを始めるに当たって、まっ先にのりぞー氏を取り上げなければいけないと思いつつ、謎が多い人物ですので少々躊躇していました。

どうも積極的に表に出るということは避けている気配なんですが、少しずつ情報が漏れてきています。そんなこんなを繋げてのりぞー氏の実像に迫ってみたいと思います。

 

のりぞー氏とは?

 まずはTwitterプロフィールから分析してみましょう。

f:id:Padi-METAL:20170204214506j:plain

https://twitter.com/norizafu

DugoutのGu&Voとロマンチック担当。先日NORiMETALってメタルネームを戴きましたw 曲を作るのが好きです♪ 嬉しい時はだいたいお尻を振っています☆作曲とかは→Dugout/BABYMETAL/ミニパティ/Scoopers/VvoxX/etc...

>DugoutのGu&Vo

Dugoutはいわゆるインディーズバンドで、のりぞー氏はG&Voと。のりぞー氏が中心のバンドですね。

公式サイト、mixiコミュニティーが残っていて、これを見ると2011年頃まで活動していたようです。所属していた大学の軽音楽サークルのサイトもありました。

http://www.dugout593.com/profile.htm

http://mixi.jp/view_community.pl?id=313192

http://www.geocities.jp/light_soka/

1998年頃、軽音楽サークルで結成され、地元八王子を拠点に各地のライブハウスでのライブを中心に活動していたようです。2011年にドラムが脱退して、現在はほぼ活動停止状態のようです。


>先日NORiMETALってメタルネームを戴きましたw
>作曲とかは→Dugout/BABYMETAL/ミニパティ/Scoopers

ミニパティ/Scoopersは(ご承知の様に)さくら学院の部活動ユニットのこと。のりぞー名義でそれぞれ2曲と1曲の提供があります。BABYMETALへも、のりぞー名義で「ド・キ・ド・キ☆モーニング」を提供しています。

 

まあ、言ってみれば、のりぞー氏のBABYMETAL/さくら学院への貢献はこの程度と思われていたわけです。

 

 

謎のMETALネーム問題

しかし、いわゆる「作編曲者クレジットが謎のMETALネームになっていて実際誰なのかわからない」という件。

当然権利者としての情報がどこかにあるはずとは思っていたのですが、ここになってGoogle Play Music等のクレジット情報から謎が解明されつつあります。この経緯はフラコメタルさんがまとめてくれています。

 

その結果、長らく正体不明だった中田カオス、NAKAMETAL(ナカメタル)までが同一人物であることがわかって、がぜんBABYMETAL制作陣におけるのりぞー氏の重要性を認識せざるを得なくなりました。

楽曲制作への参加をまとめてみます。

さくら学院

・ハッピーバースデー/クッキング部 ミニパティ(作曲:共作)のりぞー

・プリンセス☆アラモード/クッキング部 ミニパティ(作曲)のりぞー

・Brand New Day/新聞部 SCOOPERS (作曲)のりぞー

BABYMETAL

ド・キ・ド・キ☆モーニング(作詞)ナカメタル(作曲:共作)のりぞー

・イジメ、ダメ、ゼッタイ(作詞:共作)NAKAMETAL

・紅月-アカツキ-(作詞:共作)NAKAMETAL

・いいね!(作詞)中田カオス

・ヘドバンギャー!!(作詞:共作)ナカメタル

・ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト(作詞:共作)中田カオス

・おねだり大作戦(作詞:共作)中田カオス

・メギツネ(作詞:共作)Norimetal(作曲)Norimetal

・NO RAIN, NO RAINBOW(作詞:共作)NAKAMETAL

・Road of Resistance(作曲:共作)Norimetal

シンコペーション(作詞:共作)Norimetal(作曲)Norimetal

・ヤバッ!(作詞:共作)NAKAMETAL(作曲)Norimetal

・GJ!(作詞:共作)中田カオス

・Amore - 蒼星 -(作詞:共作)Norimetal(作曲)Norimetal

決して数は多くないBABYMETAL楽曲で14曲も・・・

 

特に注目したいのは、のりぞー氏が初期BABYMETALのコンセプト作りに密接に関わったであろうということです。


BABYMETAL - ド・キ・ド・キ☆モーニング - Doki Doki☆Morning (OFFICIAL)

このMV公開時のすぅちゃん(SU-METAL)の日記です。

大人がみんなニコニコしていて、子供よりもテンションが高い(子供もけっこうキャーキャー言ってたんですが)という不思議な撮影現場でした。

ド・キ・ド・キ☆のご報告|さくら学院オフィシャルブログ「学院日誌」Powered by Ameba

この「大人」の一人はのりぞー氏だったのでしょう。

 

 

のりぞー氏の音楽性は?

そんなのりぞー氏ですが、ネット上にまともな情報が無く、音楽雑誌系のジャーナリズムでも取材した形跡が無いのです。(本人も積極的ではないのかな?)

唯一と思われるインタビュー記事がこれです。

INDIES NAVIGATOR【インディーズ,ロック,パンク,メロコア,スカコア,ミクスチャー系,ラウド系,J-POP総合サイト,着メロ,着うた,着モーション,通販,音楽情報,洋楽,邦楽】

 

また、当時の映像で残っているものとしては、このYouTube動画くらいのようです。


Dugout 「In the car」

いわゆるポップ・パンクというジャンルになるのでしょうか。

プロフィールやmixiの書き込みを見てみると、活動後期にはロカビリー色も取り入れていたようです。のりぞーさんのMCが面白いという評価もあったり。

バンドプロフィールのこの一節が端的に特徴を表しているように思います。

「時にディスコティック、時にオールディーズ、常にPOPな楽曲と、ライブでの胸キュンなトークのマジックにかかってしまったおダグフリークが急増中です!!」

Dugout 詳細 -INDIES NAVIGATOR -

 

Dugoutの活動

Dugoutは大学の軽音楽サークルで結成され、ライブハウスでの活動を行う中で自主制作のCD作成を行っていましたが、2006年には自主配信(インディーズ配信)という形でEPとアルバムを発表します。

アルバムとEPは現在もiTunesで取扱があります。(試聴も可能です)

 

先程のインタビューは、 このアルバム(なるほどファンタジー)発表時のもので、アルバム発表後行われた2006年のツアー(いわゆる「レコ発」)の情報の記載もありました。引用しておきます。

Dugout 1st album レコ発"なるほどファンタジーツアー"
・5/28(日)TOWER RECORDS八王子店インストアライブ
・6/4(日)八王子RIPS Dugout 1st full album レコ発
・6/10(土)水戸ClubSonic~DELIRIOUS!!! vol.3~
・6/25(日)富山SoulPower
・6/30(金)甲府Conviction
・7/1(土)町田SDR[SDR 1th Anniversary]
・7/8(土)高円寺ClubLiner
・7/9(日)熊谷Heaven's rock
・7/15(土)秩父ナガハシ
・7/23(日)清水JAMJAMJAM
・7/31(月)郡山#9
・8/3(木)宇都宮Heaven's rock
・8/5(土)横浜FAD
・8/7(月)横須賀かぼちゃ屋
・8/23(水)京都Whoopees
・8/24(木)滋賀B♭
・8/26(土)大阪Club Massive
・8/28(月)広島並木Janction
・9/9(土)八王子Rips(TOUR FINAL)

http://www.indies-navi.com/interview/view.html?id=53&page=3

2006年頃は、かなり活動を活発化させていたことが見て取れます。

  

マキシマム・ザ・ホルモンとの交流

次に、どうしても気になるが、「マキシマム・ザ・ホルモン」との交流です。

-----結成は大学のサークルという事ですが、最初はマキシマムザホルモンのダイスケさんもメンバーとお聞きしましたが?

のりぞー:同じサークルで、僕とダイスケで一緒にやろうかって、あきらを勧誘したんですよ。

その後、ダイスケは掛け持ちをしていて、もう一方の方が売れ出してしまい、脱退したんですよ。その後、けんじが「ガツガツやるならいいよ」という事でメンバーとして加入しました。そして、今に至ります。

http://www.indies-navi.com/interview/view.html?id=53&page=2

公式サイトのプロフィールではボカした表現になっていて分かり辛いのですが、Dugout結成当初は、同じ軽音サークルに所属していたマキシマム・ザ・ホルモンの津田大輔(ダイスケはん)が在籍していたらしいです。

ダイスケはんからもこのような発言があります。

ダイスケはん 僕はONE OK ROCKの曲で、日本語が聞こえてきたときの言葉の刺さり方が好きなんです。楽器隊の表現の仕方やTakaの声も含めて、日本語が強く刺さるんですONE OK ROCKを聴いてると、僕はいつも“のりぞー”のことを思い出すんですよね。

ナヲ 説明すると、“のりぞー”とはダイスケはんの学生時代の友達です(笑)。NORiMETALって名前でBABYMETALの「ド・キ・ド・キ☆モーニング」を作ったやつです。

ONE OK ROCK「Ambitions」特集 マキシマム ザ ホルモン ダイスケはん&ナヲ インタビュー (1/3) - 音楽ナタリー Power Push

ホルモンが喋り上手なのは、八王子の先輩バンドである「DUGOUT」のりぞうさんの影響なんですね。ダイちゃんとのりぞうさんは同じ大学のサークル仲間なんですよ。「僕らが継承している系風ってホルモンイズムじゃなくってのりぞうイズム」

ダイスケはん&ナヲのギンギラギンにさりげ肉 2012.2.4~2.10 PART2 - 日刊魔胃蹴

(Dugout)ここはバンドで出会ったていうより同じ大学の友達、はたまた先輩-後輩として出会ったわけでもう長年の付き合いになる。

Baあきら、Drケンジは大学の後輩。そんでGt&Voのりぞうとはかれこれ10年。バイトも一緒だったし(八王子のラブホ)毎日のように遊んだりのりぞうの家でハイスタ・シャーベット・ハスキン・スネイル・BRACKETなど様々な90's PUNK~平松絵里・MAGICなんかを聴いてた。

(余談だが当時のりぞうの家には俺が泊まる際に用意される通称【津田ベット】なるものがあった)

(さらに余談ではあるがホルモンのLIVEでみられる【あいつの気持ち、おまえの気持ち】は俺とのりぞうから生まれた)

はっきりいうて友達とか友達のバンドとかいう間柄にはカテゴライズしきれないものが彼等、そしてDUGOUTにはある。

ダイスケはんの『正しいツーコンマイクの使い方講座☆』:2007年04月 - livedoor Blog(ブログ)

これらを見ると、かなり親い間柄であることが分かります。

 

当初Dugout公式サイト見た印象では、マキシマムとの交流については、ありがちな「経歴盛り」なのかな?と思っていましたが、これらの発言を見るとダイスケはんからのりぞーさんを応援するようなニュアンスも感じ取れたりします。

 同じくマキシマム・ザ・ホルモンマキシマムザ亮君(川北 亮)のようなこのツイートもありました。

またダイスケはん(1977年9月生まれ:公式サイトより)とのりぞーさんとはおそらく同級生なので、今年(2017年)で40歳。そんなところでしょう。

ダイスケはん

f:id:Padi-METAL:20170208232443p:plain

http://www.tfm.co.jp/lock/asian/onair/120213/

 

 

のりぞー氏の参加経緯

さて、コバさん(KOBAMETAL:BABYMETALのプロデューサー)は、以前インタビューでBABYMETALの制作スタッフを集める苦労についてこんなことを言っています。

「日本の音楽業界で仕事をしている方でそういう部分で共感できる人ってなかなかいないんですよ。僕も色々探したんですけど感覚的に・・共通言語で話せる人がなかなかいなくて。」(雑誌ヘドバン Vol.1より)

マキシマム・ザ・ホルモンは、ミクスチャーロックといジャンル分けされていますが、海外メタルフェスにも出演するような、メタル色強いバンド。


マキシマム ザ ホルモン"地獄絵図2009"振替公演ダイジェストムービー

 

BABYMETAL立ち上げにあたって、コバさんが「色々探した」先の一つが、コバさんが言う所の「メタル共通言語が通じる」マキシマム・ザ・ホルモン

その繋がりで、BABYMETAL(及びさくら学院)の楽曲制作にのりぞー氏が携わるようになった?・・・そんな風に想像しています。

時期としては、ミニパティの曲制作をきっかけとしているのか、BABYMETALの曲制作をきっかけとしているのかが不明ですので、時期を絞り込むのは難しく、2009年1月〜2010年5月のどこかであろうと思われます。

 

時系列を整理してみます。

・2009年1月、アミューズ農業プロジェクト開始(ミニパティ構想開始)
・2009年3月、可憐Girl's任務完了ライブ(BABYMETAL構想開始)
・2009年8月、ミニパティ(ハッピーバースデー)の初演
・2010年5月、さくら学院始動
・2010年11月、重音部BABYMETAL(ド・キ・ド・キ☆モーニング)初演

このへんの時系列については、フラコメタルさんのブログ(広島のすぅちゃん)に詳細が記されています。ぜひご一読を。

 

一方、ダイスケはんが2002年頃(おそらく大学卒業時)にDugoutを脱退。そしてマキシマム・ザ・ホルモンのメンバーとして2004年にメジャーデビュー

その成功を見て、2006年には新しいメンバーを迎え、本格的にプロミュージシャンとしての成功を目指してアルバムも発表し、活動を本格化させる。

しかしインディーズでのバンド活動は行き詰まり、2009年にはアイドルの楽曲制作に乗り出す・・・。

 

 

こんなストーリーが浮かび上がってきます。

 

 

 

(この項続く)

BABYMETALのFunnyな側面を支える影の立役者のりぞー氏(その2) - 親愛なる小林啓様。