親愛なる小林啓様。

さくら学院とBABYMETALの制作スタッフの謎を紐解く

ゆよゆっぺ氏の軌跡(その1)

永らくご無沙汰しておりました。ほんと久々の更新になります。今回ようやく、ゆよゆっぺ氏(以降:ゆっぺ氏)を取り上げます。

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さて、ゆっぺ氏は、BABYMETALへ楽曲提供をしている人であるということはBABYMETALファン(メイト)の間では良く知られていると思うのですが、「ゆよゆっぺ=ボカロP」以上の認識を持たれてる方は少ないかもしれません。

因みにBABYMETALへの提供楽曲は、下記9曲。のりぞー氏の14曲に次いで提供曲が多いことになります。

  • ウ・キ・ウ・キ★ミッドナイト(編曲)
  • BABYMETAL DEATH(編曲)
  • メギツネ(編曲)
  • 悪夢の輪舞曲(作詞・作編曲)
  • KARATE(作詞・作編曲)
  • ヤバッ!(編曲)
  • GJ!(作詞・作編曲)
  • Sis. Anger(編曲)
  • From Dusk Till Dawn(作詞・作編曲)

まず、現在の所属事務所であるTokyo Logicのサイトに掲載されている公式プロフィールを当たっておきましょう。

平成元年生まれ。茨城県大洗町出身。地元茨城にてバンドを結成したのち、フラットに音楽を聴いて貰える、という理由からVOCALOID Producerとしてのクリエイター活動を開始。2012年YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONSよりメジャーデビュー。現在までのネット上での関連動画の再生数は1000万回を超える。

現在はBABYMETAL唯一のフルサウンドプロデュースをはじめ、他各種アイドルへの楽曲提供、声優とのコラボ、DJ活動として各種Remix、バンド活動ではエモ・ハードコア界隈でボーカリストとして活躍する等ジャンルや界隈にとらわれない活動姿勢で、キッズから多くのリスペクトを集める。

2014/2/26 BABYMETALがiTMS USA U.K DE、等海外のMETALチャートにて1位2位等を獲得したことにより、世界的にそのサウンドプロデューサーとしての名前も拡大。

又、DJ’TEKINA//SOMETHINGとして、BABYMETAL唯一の公式リミキサーを務めている。ROCK IN JAPAN2013にDJとして参加。COUNT DOWEN JAPAN2013/14にはVoとDJとして参加を果たす。

また、SPEEDにも趣味で作ったRemixが公認され、TRFからはスタジオへ招待されるなど、確かな実力で各界隈へファンを作り続けている。

海外活動も、ベトナムシンガポール、チリ、台湾、フィリピンなど現地のイベンターから招聘。海外にも多くのファンを持つことを証明した。

アイドル、声優、ダンスアーティスト、V系、ラウドロックアーティスト、等多くのつながりも持ち、人から大変愛されているクリエイター/アーティストである。

http://tokyologic.info/yuyoyuppe

しかしとにかく活動の振れ幅が大きい・・・というか、これほど多種多様な活動をまあよくもこの短期間に並行できるなと。詳細に活動の履歴を紐解いていけばいくほど驚くことばかりなのです。ですので、このエントリーの目的は、この多種多様な活動をちゃんと整理してゆっぺ氏の実像をみなさんに理解していただくということにしたいと思っています。

まずゆっぺ氏の活動を大きく下記の5分類としてみました。(単純に時系列にゆっぺ氏の活動を追っていくと、あっちこちっち行ってしまって実像がとらえ辛くなってしまうので、これらの分類ごとに時系列で追っていきたいと思うのですが・・・果たしてうまくいくかは・・?)

  • バンド活動
  • ボカロP
  • 作曲家・サウンドクリエーター(作詞・作曲・編曲)
  • DJ
  • シンガーソングライター

音楽的ルーツとバンド活動開始

ゆっぺ氏は、1989年9月生まれ(2017年9月時点で28歳)茨城県北部の大洗町生まれ。大洗町といえば近年では「ガルパン」で一部のそちらのマニアの方々には有名になっているようですが、茨城県の県庁所在地である水戸市からはローカル線で15分ほどの、人口2万に満たないかなりローカルな町です。

共に教師でもある音楽好きの両親の影響で幼少期からピアノ・ギターに触れ、中学生の頃には音楽理論を学んでいたようですが、クラッシック系の所謂アカデミックな音楽教育ではなく、自身の音楽的興味に沿って独学で習得していったようです。

エリーゼのために」がカッコ良く聴こえたことから、幼少期に母親からピアノを、小学生のときにフォーク好きの父親から吉田拓郎の“今日までそして明日から”のギターを教わったことで音楽を始めたゆよゆっぺ。そこからB-DASH175Rといったメロコア勢や、BUMP OF CHICKENなどのコピーをしはじめたのだが、一大転機になったのがメタリカとの出会いだ。
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/2619

ゆよゆっぺ:弟と楽器屋に通って、『曲ってどうやってできてんの?』とか『1曲の中で使っていい音は基本的には7個しかない』みたいな、いわゆる楽典理論を習得したんですよね。だから、なぜか中学でセッション(即興)できてましたね。
http://kai-you.net/article/34738/page/2

ゆよゆっぺんー…音楽の力みたいなものを信じていた時代だったんで。とにかく勉強が退屈だったんですよ。すげー嫌だった。音楽というおもちゃを手に入れてしまって、音楽という教科もあるし一応勉強だっていうのを言い訳にやり続けてた。実際、音楽と数学ってすごい近しいんです。コード進行って数式を解いてるみたいで。元々音楽のロジカルなところに興味があったから、ボカロに興味をもったのも自然だと思う。
http://kai-you.net/article/34738/page/2

 

メタルそれもエモ・スクリーモと呼ばれるメタルのサブジャンルは、ゆっぺ氏のバンド活動、ボカロPとしての活動、作曲家・サウンドクリエーターとしての活動を通して基底となっているサウンドスタイルであり、中学生までの時期に大きく影響を受け、この音楽的嗜好(エモ・スクリーモ指向)が確立していたようです。

ゆよゆっぺ:きっかけは、14~15歳の頃にSlipknotの『Iowa』(2001年発売、2ndアルバム)を聴いて、「こういう音楽もあるんだ」と思ったことですね。その後高校に入って、Metallicaの『St. Anger』(2003年発売、8thアルバム)を聴いて。そこにスタジオライブのDVDが入ってたんですけど、それを見て「めちゃめちゃかっこいい!」と思ったんです。何がいいのかわからないけれど、とにかく気持ちが高揚すると思って。その時に初めてメタルに出会ってしまいました。

──それが大きなきっかけになった。

ゆよゆっぺ:そこからSystem of a DownとかKornとかLimp Bizkitを聴いていったんですけれど、一番僕の人生を変えたのがSaosin(2003年、カリフォルニアにて結成のバンド)でした。ニュースクリーモというジャンルの立役者で、僕の土台を作ってくれたバンドだと思います。Saosinを聴いてから自分の考えががらっと変わったんです。
https://www.cinra.net/interview/201605-djtekinasomething

そして、フィンチホープス・ダイ・ラストなど、彼の作風に強く影響を与えたエモ/スクリーモの道へ。特に(セイオシン時代の)アンソニー・グリーンの「唯一無二な変態感と叙情性」にフロントマンとしての憧れを、ファイトスターの「ギークだけど表舞台ではエモをかき鳴らしているところ」にシンパシーを感じるそうだ。
http://mikiki.tokyo.jp/articles/-/2619

Metallica『St. Anger』のスタジオ・ライブDVDはこれですね。

特に影響を受けたと公言されているSaosinについてはMVを。

 

2005年に高校(水戸工業高校)に入学してからは、本格的にバンド活動を開始し、茨城県ひたちなか市で開催される『TEENS ROCK IN HITACHINAKA』というロックコンテストにも出演しているようです。このコンテストは主催者は違いますが、ROCK IN JAPAN FESTIVALRIJF)の関連イベントとして発足し、コンテストの優勝者はRIJFに出演できるということになっているようです。

ゆよゆっぺ:ポップなメタルバンドを組んでて、企画を組んで夜な夜なライブハウスでライブしてました。『ROCK IN JAPAN FES』も関わってる『TEENS ROCK IN HITACHINAKA』っていう大きいフェスに出たことがあったんです

──すごいですね、それは普通にオーディションで?

ゆよゆっぺ:そうです。良い子ちゃんなフリしてオーディション受けて、いざライブをやったら、ビックリするくらい盛り上がったんですよ。それで高まりすぎたギターがなぜかロンドンコーリングしだして……(中略)でも、それで味をしめたところがあって、そこから人生狂いだした感じはしますね

──それがゆっぺくんの初めての成功体験なんだ

ゆよゆっぺ:完全に歓声ジャンキーになりました。

http://kai-you.net/article/34738/page/2

年に1回毎年8月に開催されるこのコンテストへは、高校1〜3年の時期である2005年〜2007年開催の何れかに出演しているはずですが、詳しい記録は見当たりません。(さくら学院と多少縁のある清竜人氏が2006年開催の同コンテストのグランプリ受賞者。ちなみに清竜人氏はゆっぺ氏と同年代。)

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2012年開催時の様子。
社団法人ひたちなか青年会議所 5月度例会(TEENS ROCK IN HITACHINAKA 2012)V1

 

ゆっぺ氏と同じボカロPである「やいり氏」は、2014年7月頃の対談で、当時の彼の印象について次のように語っています。

──おふたりは、かなり古くからの知り合いなんですよね?

やいり:そうですね。こうして会うのは1年ぶりくらいだけど、知り合ってからは、もう10年くらいになります。

ゆよゆっぺ:地元が一緒なんですよね。茨城県水戸市近辺という。とりあえず、やいりさんに最初に会ったのは、水戸にあるライブハウスの前で。やいりさんがライブハウスから出て来て、「おおっ」みたいな感じで、あいさつしてくれたんですよね。先輩なのに、すごい気さくな感じで(笑)。

やいり:気さくだったかどうかはわからないですけど(笑)。そのライブハウス界隈で、彼は一目置かれていたんですよ。すごい若いやつが現れたって。だから、彼の存在は当然知っていて。
https://ameblo.jp/mongol-sky/entry-11902376047.html

この発言によると、おそらく2004〜5年(ゆっぺ氏中3〜高1)頃から、地元水戸のライブハウスに出演するようになっていたことが伺えます。

 

Not Have Form (N.H.F)での活動

TEENS ROCK IN HITACHINAKAに出場した時のバンドと同一メンバーであるかは定かではありませんが、2007年9月(高校3年)に4人組のバンド『Not Have Form (N.H.F)』を結成します。

結成時期については、やや信頼度低いですがここから。http://rocketpencil130.blog93.fc2.com/blog-entry-141.html

バンドの公式サイトも残っていました。
http://9hp.jp/?id=papath1114

2009年には島村楽器が主催するマチュアバンドコンテスト「HOTLINE 2009」に出場し北関東・埼玉ブロックまで進出しています。https://www.shimamura.co.jp/hotline/2009/report/07/index03.html

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この時のライブ映像が公開されています。

 

 バンドの公式サイトによると、自主制作CDも発表していた模様です。現在、通販サイトやストリーミングサイトには見当たらないため、ライブ会場での販売のみと思われます。

①1stデモCD(2曲収録)
②2ndデモCD(2曲収録)
③ミニアルバム(5曲収録)

①②のデモCDについては、My Spaceのサイト(現在再生できない)に公開されている曲と同一曲と思われます。
https://myspace.com/nothaveform

f:id:Padi-METAL:20171214190541p:plain③のミニアルバムは、ここで聴くことができました。
(全曲プレイリスト)
N.H.F - Not Have Form - YouTube

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2009年12月10日にレコ発ライブを行っているとの記載(ゆっぺ氏プログ)があるので、おそらくこの日が発表日になると思われます。

2009年から続々発表されてくるボカロ曲の高い楽曲クオリティからすると、驚くことではないのですが、バンド・サウンドとしてもとても完成度が高い作品になっていると思います。

ライブ活動の履歴は、一部地元ライブハウスへの出演の記録がある以外、ほとんど記録が残っていないのですが、coldrain、NICOTINEらと共演したとの情報(2010年頃、音楽配信サイトototoyに掲載されたプロフィール)があります。
https://ototoy.jp/feature/index.php/20101027

また、2010年6月と9月に田町Quarter Noteで行われた、インディーズバンドNo Leaf Cloverが主催する対バンイベントへの出演が確認できます。
http://nlc.nobody.jp/pc/index.html#prof
http://nlc.nobody.jp/amaurot/

ライブ映像としては、2010年頃と思われるものが残っていました。ゆっぺ氏のブログの記載より、2010年8月27日 水戸ライトハウスでの演奏であると思われます。

 (2)〜(6)はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=RfyX2Sws9zs
https://www.youtube.com/watch?v=IZXaagFNf7c
https://www.youtube.com/watch?v=cNOhCp1M77I
https://www.youtube.com/watch?v=nAycAEblYyE
https://www.youtube.com/watch?v=9MUhJxlMsNE

このライブ映像とミニアルバムCD収録の楽曲をじっくり比較すると、ミニアルバムの音源はDTM制作ではなく、かなりの部分生演奏でのレコーディングを行ったものではないかと想像します。

また、2009年コンテスト出場時のややアマチュアバンド然とした演奏力から、かなりの強化が図られていることも確認できます。オープニングのVJ的な演出も(シーケンサー音と生音の同期も?)効果的で、スピード感ある演奏とパフォーマンスが圧巻です。

 

音楽専門学校への入学、そしてバンド活動の停止 

2008年3月高校を卒業後は、東京の音楽専門学校に入学(後に講師として招かれたことのあるMUSE音楽院であると推測しています)し、音楽理論等を学びつつ地元のバンド活動を継続していたようです。

その頃の動きに関する発言をいくつかピックアップしてみます。

ゆよゆっぺ:高校卒業後は就職や進学でバンドは解散してしまったので、僕は親に頼み込んで東京の音楽専門学校に行かせてもらったんです。その専門学校が全然面白くなかった
http://kai-you.net/article/34738/page/2 

ゆよゆっぺ:授業で教わることが知っていることばかりだし、質問しても、理論以上の理由を教えてくれない。先生も職業であって音楽のプロではなかったんです。しかも、譜面の書き方が数mmでもズレたら怒られ、指定の筆記用具じゃなければ授業受けさせない、みたいな。決め手になったのは、クラスの同期をセッションに誘っても、みんなドライで誰も参加してくれない。おまえら何のために音楽学んでるんだよって思ってました。
http://kai-you.net/article/34738/page/2

ゆよゆっぺ:バンドは高校生のころからずっとやっていました。ちょうどボーカロイドを始めて、楽曲をみなさんに聴いてもらえるようになったあたりから、人間関係がうまくいかなくなって、いったんバンドはお休みしようってなったのが、よりボーカロイドに入っていくきっかけでしたね。
https://gekirock.com/interview/2017/12/ohayogozaimasu_grilled_meat_youngmans.php

音楽専門学校を1年で卒業(2009年3月)、2009年中頃からはボカロPとしての活動へシフト、2011年にはバンドは活動停止となっていったようです。

諸々の事柄が錯綜するので、ここまでを整理してみます。

  • 1989年9月 誕生(茨城県大洗町
  • 2002年4月 中学入学
  • 2004年頃(?)より地元ライブハウスへの出演を始める
  • 2005年4月高校入学(水戸工業高校)
  • 2005年8月(?)TEENS ROCK IN HITACHINAKA出場
  • 2007年8月 高校でバンド(N.H.F)を結成
  • 2008年3月 高校卒業
  • 2008年4月 音楽専門学校へ入学(MUSE音楽院?)
  • 2008年9月 ニコ動へ初投稿(ボカロPとしての活動開始)
  • 2009年3月 専門学校卒業(中退)地元大洗へ戻る
  • 2009年8月 HOTLINE 2009出場(北関東・埼玉ブロックまで進出)
  • 2009年12月 N.H.Fミニアルバム発表(レコ発ライブ開催)
  • 2010年前半(?)松戸へ居を移す
  • 2011年中旬(?)N.H.F活動停止
  • 2011年10月 バンドMy Eggplant Died Yesterday始動

ボカロPとしての活動など、まだ記載していない事項が含まれますが、次項以降で触れよようと思います。

 

(この項続く)